コメントありがとうございます!
同じ年齢あたりの方でしょうか・・・わーい(嬉しい顔)
私たちの周りから一流選手が男女共に何人も生まれましたね。(もちろん私は取り残されましたが・・・)
思い出が一杯あります。
次回、思い出に浸りたいと思います。
思い出に浸ると進化が減速するような気もしますが、時折、振り返る事も大切ですよね!
今日は取り急ぎブログにてお礼です。とっくり(おちょこ付き)
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兵庫県高校の団体インターハイ予選、甲南は、準決勝で関西学院高校に勝利しましたが、決勝では、明石城西高校に敗れました。総合力を駆使してNo1への復帰を目指す甲南ですが、さらなる環境の充実に力を注ぎたいと思います。甲南は、シングル1が高2、シングル2が高1、ダブルスは高3高1のレギュラーです。近く訪れるであろう「甲南連勝の感動」の日を夢見て、環境づくりに協力したいと思いますダッシュ(走り出すさま)

この季節になると私たちの頃を思い出しますね。
私たちの頃も、団体最優先で、団体戦で負けて個人戦に勝つなんて、全く認められていませんでした[怒る]
私たちの頃は、甲南が勝つ事は何が何でもやり遂げるべき事でした。
私が居た、高1高2高3と、もちろん兵庫県では優勝、インターハイでも決勝進出は絶対使命でした。
高1の時は、インターハイの決勝で柳川商業高校(現・柳川高校)に敗退、私たち高1は、ボーラーや応援のために参加しました。柳川のNo1は待鳥(まちどり)さん、ダブルスが坂本兄弟、坂本兄弟は双子のペアです。初めて柳川の真剣なテニスを見ました、このチームに勝つ事なんてできるのカナ?というのが印象でした。
次の年、私は高2で、再び、決勝で柳川と対戦[炎]
またまた、インターハイ団体の決勝、最高の雰囲気での勝負でした。
私は、シングル2で出場しました。
甲南のシングル1は、西尾茂之さんで、私の真横で勝負されてました。
柳川のシングル1は、坂本京一さん(弟)、シングル2は坂本真一さん(兄)でした。
西尾さんも私も完敗でした[ドクロ]
表彰式で銀メダルをかけていただきましたが、何と悔しかった事か。。。

来年こそと思いましたが、次の年は、あまりエネルギッシュな1年を送る事ができませんでした。
もちろん、インターハイには行き、柳川と再び対戦しましたが、準々決勝での対戦となり、ベスト8でした。結局、3年連続で柳川に勝てなかった高校時代でした。なぜ、もう1つな1年になってしまったかというと、私の1つ上の先輩であり、テニスの戦い方を教えてくださった西尾さんの引退、おまけに、大学は早稲田へ行ってしまわれ気が抜けたというか、引っ張ってもらうものが無くなってしまったことからでした。私は、西尾さんの影響を強く受けていた事を実感しました。このお話は、またの機会にあせあせ(飛び散る汗)

西尾さん、坂本真一さんは、後にお二人とも全日本選手権のシングルスに優勝され、お二人でのダブルスも優勝されています。デビスカップ選手であり、プロとしても、すごい経歴を築かれました。坂本真一さんは柳川の監督もされ、現在はテレビの解説にも出演されてますね。今でも気さくに声をかけてくださいます。

さて坂本京一さんは、日大1回生で兄弟ダブルスでインカレに優勝されたぐらいが最後で、目を負傷された後遺症のようなもので、第一線を退かれたと記憶しています。高2の時、京一さんをじっくり見ましたが、いまだに、ダイナミックなサービスダッシュが思い出され、強烈な印象が残っています。
少し斜めになってネットをとる感じでした。真一さんはキレイなまとまった感じを受けましたが、
京一さんはパワーのある非凡さを感じました。

あ~この話はマニアック?当時の方々にしかわからないですね[黒電話]
話し出すと思い出がいっぱいあるなぁ[カギ]
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