プロ野球に先んじてセンバツ高校野球が23日に始まり激戦が展開されています。夏と違って選考委員の審査によって出場校が決まるためチームの水準はある程度のラインを超えているからか、極端に大差がつくゲームは多くありませんが試合時間がかからなくても見せ場たっぷりな展開になることが例年以上に多くなっている気がします。
そんな中、興味深く見ているのが各校のスローガンや合言葉。数年前からNHKのテレビ中継で参加校の女子マネージャーやベンチ外選手が自分たちの学校のスローガンを色紙にしたためて紹介するコーナーが放送されていますが、今回の出場校のスローガンは殊の外面白いんです。「日本一の集団になる」「感謝」「エンジョイベースボール」などあるある感のあるフレーズが並ぶ中、「馬鹿になる」「ストロングスタイル」と野球じゃなくて格闘技にインスパイアされたのではと思ってしまうようなものもあったのです。
「馬鹿になる」と掲げた学校の選手によれば、「常に一生懸命戦い抜く」という意味を込めているとか。一方、「ストロングスタイル」と掲げた学校では、「常にチームのやり方を貫き通す」という意味を込めていると聞いています。一見するとマニアックに見えるかもしれないフレーズもちゃんとした意味を込めていることがわかると深みを感じることが出来ますね。
では、また次回です。
大相撲春場所中日の18日、新十両・貴公俊が付き人に取組直後に暴行をはたらいたり別の部屋の力士が後輩に数回にわたって暴行をはたらいたことが発覚したりして大騒ぎになりました。貴公俊は去年秋にあった元横綱日馬富士さんの暴行事件の被害者である貴ノ岩と同じ貴乃花部屋の力士と言うことで、親方の対応にも注目が集まりました。
去年から今年にかけてアスリートの暴力に関するニュースがいくつも報じられましたが、こういったニュースが伝わるたびに私の身近にいる人間から「シバきたくても簡単にはできなくなったね」との声が。確かに「言葉でわからない奴には手を出してわからせないといけない」という理屈はどこかしらに存在しているかもしれない。ただ、その理屈が教育のすべてというわけではない。そんな中で暴力の社会的な立ち位置が変わってくるのかもしれません。
こういう言い方が的確かどうかわかりませんが、今年の1月になくなった星野仙一さんは少なくとも50代の頃まで暴力を上手に使ってチームをうまくまとめていたように見えます。星野さんはチーム全体で問題意識をもたせるため、叱るときには誰の目にも触れないところではなく全員がいる目の前で叱っていたそうです。そして、言葉でわからなければみんながいる目の前で手を出したといいます。しかし、別の身近な人間にその話をしたら、「普通の大人の社会ではこの理屈は通じない。単なるいじめ」なんて言われてしまいました。星野さんだからできた芸当と言われればそれまでかもしれないし、20年近く経ったら社会に通じなくなっているのかもしれません。
他の競技の指導者でも星野さんほどでないにしても暴力をうまく利用してチームをまとめた人は何人かいます。ただ、その一方で暴力に頼ることなく褒めて励まして伸ばす指導者も多くいます。「君のやりたい通りやればいい。君なら出来る」と選手と指導者が最大限信頼していくことを理想としているように思います。ただ、怠け癖があるような人だと「やりたい通りやればいい」という言葉に甘えて向上心を忘れてしまうようなこともあるかもしれません。間違った方向に考えが傾かないようにするためには選手の心に響くような理論が必要になってきます。これからは、上に立つ人には伝える力を持たないといけなくなりそうです。
では、また次回です。
またパラリンピックの話をば。といっても、テレビの取り組みの話です。
NHK総合テレビで平日の夜11時台に放送している「ニュースチェック11」は放送中に視聴者の意見をツイッターで募集し、それをテロップ表示しています。そのテロップを見ていると明るい見立てを語る政治家や企業人に「甘い! 庶民の気持ちをわかってない!」と一喝しているように見えるものもあれば、出演者のコメントをネタにした大喜利のようなものもあって千差万別。スポーツニュースに関しても色々な意見が届けられています。そんな中気になったのはパラリンピックのこと。「テレビでもっとやって」「テレビでもっと放送して」というテロップが12日あたりからひんぱんに出ているんです。
オリンピックと同じように総合テレビとBS1で朝9時から深夜0時までみっちり放送して欲しいのか、民放でも中継して日本勢の戦いをできる限り多くリアルタイムで見られるようにして欲しいのか、言いたいところはいくつも考えられますが、「NHKだもん。オリンピックでやれることをパラリンピックでもできるでしょ?」という考えに集約されるかもしれません。競技数、種目数がオリンピックより少ないし朝からメダルがかかるような大きな競技がたくさん行われるわけではない。そういう状況を差し引いたとしても、物足りなさを感じる人がいるのはそういう気持ちでいるからかもしれません。ツイッターを使う人の意見ですから「『もっと見たい人はネットで見て』という感覚はけしからん」というわけではないかと思いますが、パラスポーツを何の気なしにテレビで見るためにはオリンピック並みの放送の質ではなくて量が必要だろうという意見を視聴者の多くが抱いているのかもしれません。
オリンピックと同じくらいの質があればいいと言えるようになるのは、量に満足ができてからということでしょうか。2020年の東京大会ではホストブロードキャストととしてやらなければならないという後ろ向きの理由になるかもしれませんが、恐らく民放でも競技のライブ中継が始まると思います。そこで庶民とパラスポーツの間にある隙間をどこまで埋められるかが問われるでしょう。
では、また次回です。
オリンピックが終わって2週間ほど経過しましたが今度はパラリンピックの番。9日から韓国の平昌でパラリンピックが始まります。リオ大会まで積極的に放送していたスカパーや民放は目立ったことをしないようですが、NHKでは地上波・BSの中継に加えて、webでの配信にも力を入れていくとか。
パラリンピックのテレビ放送が本格的に始まったのは1998年の長野大会だったと記憶しています。ただ、当時はまだ生中継はほとんどなく、デイリーダイジェストで1日の競技の結果をまとめて伝えていました。当時、準備に手間取ることが多くスケジュール通りにはいかないので競技の生中継は難しいといわれていましたが、今回は当日の昼間に行われる競技の多くは生中継されるようになるとか。隔世の感があります。おととしのリオ大会でもNHKでは地上波のサブチャンネルなどで生中継をやっていましたが、冬季大会でもこの流れが続いているようですね。ただ、リオ大会ではあったラジオ中継は予定されていないようです。NHKがリオで初めてパラリンピックのラジオ中継をすると知った時には「ついに来たか」とわくわくしたものですが、冬の大会はまだのようです。
webでのライブ配信もいいですが、テレビのように誰でも簡単に接することができる環境が整うようになればパラスポーツと庶民の距離はどんどん近くなるはず。今、パラスポーツの注目度はパラリンピックがあるたびに来るブームで終わってしまうかもしれません。でも、ブームが来るたびに知名度が高まって、オリンピックと同じくらいの位置づけになることだってあり得るのではないでしょうか。
不謹慎な言い方ですが、パラスポーツの美人アスリートがメディアで多く取り上げられ、競技会の会場に追っかけが現れるなり、「激ヤバお宝○○」とか「セクシー流出○○」と銘打たれる写真誌でセクシー美女アスリートと紹介されるなりしてくるとまた知名度が高まってくるかもしれません。とにかく、パラリンピックも楽しみにしていきましょう。
では、また次回です。
平昌オリンピックが終わりましたが、オリンピックでワールドカップシリーズが中断していた競技はもう再開となるので、日本選手団の選手の中にはメダリストの凱旋会見や解団式が終わったらさっさとヨーロッパなどへ行ってしまいました。ノルディック複合の渡部暁斗選手にいたっては日本に帰る暇なくヨーロッパへ直行したとか。
そんな中、カーリング女子代表のロコソラーレ北見の選手達は解団式当日の夜、故郷の北見に凱旋しました。あまり大きくない女満別空港には地元ファンや関係者など1000人が殺到する騒ぎになったとか。本橋麻里選手がチーム青森から独立して2010年の夏に旗揚げした地元基盤のチームが日本初のオリンピックでのメダルを勝ち取ったということで地元の盛り上がりは物凄いことになりました。
ウィキペディアによれば、本橋選手は「それまでに多くのカーリング選手を輩出した地元・北見市が、大人になっても競技を続行できる環境に乏しく、有力選手が就職や進学を機にカーリングから離れてしまったり、青森県や長野県などの強豪チームへと流出してしまう状況を変えたい、また、北見・常呂に根差した地域に愛される『実業団ではない』クラブチームを作りたいなど複数の要因からなる強い思いにより」旗揚げをしたそうですが、当時はアイドル的な人気を得ていた本橋選手の独立ということで衝撃的なニュースとして扱われていました。言い方が適切か自信がありませんが、幕末の志士が脱藩して新しい国を築こうと思うくらいの心意気で本橋選手は飛び出したのに「安定を捨てるなんて」と業界の人たちは冷ややかな反応を示していたように記憶しています。でも、世界選手権準優勝、五輪銅メダルと実績を残すことができました。本橋選手を冷ややかな目で見ていた人たちはどんな思いをしているでしょうか?
スポーツ紙にドラマみたいな相関図が掲載されるように、平昌オリンピックのカーリング男女代表は師弟関係や親戚関係でつながりがあるそうです。繋がりがあったからこそという部分もあるでしょうが、いつか相関図が作れなくなるくらいの広がりができるようになれば4年に1度のブームで終わるようなことはなくなるかもしれません。その日がいつか来ればと祈るばかりです。
では、また次回です。