大相撲初場所で御嶽海が3度目の優勝を果たし、26日に大関昇進が正式に決まりました。これまで2度の優勝は大関昇進への挑戦権を得るようなものだったのに対し、今回は優勝が昇進を後押しするような形となりました。変な言い方かもしれませんが、優勝したおかげで昇進ムードが「バズった」といえそうです。以前の昇進劇でいえば、稀勢の里の横綱昇進に似ている気がします。

そんな御嶽海の大関昇進は本人の悲願達成というだけでなく、長野県出身者として227年ぶりの大関誕生ということでも話題を集めています。227年前、すなわち1795年に大関になったのはあの雷電です。生涯勝率96%で敗れたのはわずか10回という、横綱以上に強い大関と言われるような伝説的な力士です。18世紀末、日本人の成人男性の平均身長が160㎝に足りなかったそうですが、雷電は197㎝もありました。そして体重が170kgほどというんです。21世紀の現代なら白鵬とほぼ同じサイズ感になりますから破格という感じがしないかもしれませんが、当時としては桁外れなスケール感があったかもしれません。

そんな巨体で相手にぶつかってきますからたまったものではありません。ということで雷電ルールとも言うべき反則が存在していたとか。それは張り手、突っ張り、かんぬきの禁止。どれも近代相撲では当たり前のように使われていますが、雷電が繰り出したら相手が間違いなくケガするという理由で雷電に限って禁止にしていたそう。それでも96%の勝率を叩き出すんです。伝説になりますよね。横綱が番付の地位として確立するのは明治になってからといわれていて、雷電が活躍していたころは何度も優勝したから昇進できるというものではなかったそう。雷電が横綱になれなかった原因はいろいろ言われていますが、いまだに解明されていないそうです。

雷電の故郷は長野県北東部にある東御市で御嶽海の故郷は県南西部の木曽郡上松町。距離は離れていますが、県民はこぞって期待しているようです。御嶽海の四股名の由来は故郷に近いところにある御嶽山(おんたけさん)にあるそう。2014年の噴火で多数の死者を出してしまった山ですが、故郷に誇りをもって戦いたいという思いでこの山の名前を選び、出羽海部屋の海をつけたといいます。故郷の期待を一身に集める戦いに注目していきましょう。では、また次回です。
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