2日連続で映画をハシゴ…という壮大な計画を達成した訳だが,初日の1本目に観たのがメリル・ストリープとヒュー・グラントの『マダム・フローレンス!~夢みるふたり』。

まずはこの作品の感想から書きますね(キリッ)。

これは,実話に基づいた物語。

歌が超絶下手だが自分でそのことに気づいていない妻が歌手として活動を続けるために,夫が東奔西走するドタバタコメディ…だとばかり思っていた。

それが,単なるコメディではなかったのだ。

絶対音痴のマダム・フローレンス(ストリープ)は,両親から莫大な遺産を受け継ぎ,音楽家のために出資をしたり自分で小さなコンサートホール『ヴェルディ・クラブ』を経営,定期的にリサイタルを開いて活動しているソプラノ歌手。

夫のシンクレア(グラント)は,自分で音痴であることに全く気づいていないフローレンスのために,限られた身内客や彼女の親しい友人,そして買収した客ばかりを集めて毎回リサイタルを成功させていた。

とにかくフローレンスには資金だけはふんだんにあるものだから舞台も衣装もそれなりに豪華で,賄賂をもらって観客となった人たちも温かく,「おしゃれをして社交に出掛ける」のだと考えて聴きに来てくれていたのだろう。

冒頭のリサイタルのシーンを,私は完全に『金持ちの自己満足&道楽』だと思ってしまった。

だが…

シンクレアのおかげで自分を才能豊かな歌手だと信じて疑わないフローレンスは,リサイタルの成功を無邪気に喜びベッドに入る。

得意の詩を暗唱して彼女を寝かしつけたシンクレアが,眠りに就いた彼女の頭からそっとカツラを取り額にキスするシーンでビックリ。

何と,フローレンスには頭髪が全くなかった。

何か重大な病を抱えているらしいことが,ここで判る。

しかも,夫婦であるはずのシンクレアは「おやすみ」と言って家を出てゆき,愛人の待つ別宅へ。

実は,フローレンスは当時(1940年代)は不治の病とされていた梅毒に罹患しており,水銀やヒ素を使用した治療を続けていたために,夫の体に何かあっては…と恐れて,自分は住み込みの使用人と暮らしシンクレアとは居を別にしていたのだった。

勿論,夜の性生活などは論外で,シンクレアが別宅に愛人を持つことも容認している。

フローレンスを心から愛するシンクレアは,彼女に好きなだけ歌わせてあげたいという一心で,彼女の歌手としての活動を支える人生に徹していたのだった。

17歳の初婚の相手から不幸にも梅毒を伝染されてしまったフローレンスは,ピアノの才能があったのだが治療で使った水銀で左手の神経をダメにしてしまい,ピアニストの夢をあきらめざるを得なくなる。

少女時代,ホワイトハウスで大統領の前で演奏したことが彼女の人生の勲章だった。

だが,罹患後は歌うことに生き甲斐と喜びを見つけ,その後に出会ったシンクレアの協力と献身もあり,梅毒患者としては奇跡的な長生きを続けている…という訳なのであった。

全員が全員事情を知っていた訳ではないと思うのだが,フローレンスの周りの人たちは皆,優しい。

単に彼女が金持ちであるというだけではなかったようで,最初は彼女の絶世の音痴に驚愕した雇われピアニストのコズメ・マクマーンも,次第にシンクレアと共に彼女を守り,傷つけまいと本気で頑張るようになる。

この,ピアニストの青年・マクマーンが決してハンサムではないのだがキュートで,優しくて…実にいい味を出していた(笑)…!!

あまりにもド下手な歌声を,シンクレアも歌の先生もよってたかって褒めそやすため,
(こ,この歌声の,どこが,素晴らしいというのだ…?)
と表情が固まってしまうシーンが,もお,おかしくてたまらなかった。

こんなにド下手な歌手の伴奏など引き受けては自分のピアニストとしてのキャリアに傷がつく…!!と思っていた彼も,最初は高額の報酬でつられていたが,次第にフローレンスの一生懸命に歌う姿や愛すべき人柄,そして持病のためにシンクレアを束縛すまいとするいじらしさに胸を打たれ,彼女に献身的に尽くすようになる。

しかし,フローレンスの歌唱力をまともに批判したり笑う者も,いた。

ある日,いつもより少し規模の大きな会場でコンサートをすることになったのだが,意地悪な女性客がおり,歌の最中におおっぴらに笑い出して止まらなくなりつまみ出された。

それすらシンクレアはフローレンスに,
「君を妬み,妨害しようとしている人もいるんだよ」
と思い込ませ,彼女の自信を一欠片足りとも削がないように死に物狂いになる。

そんな折にフローレンスは,今度はレコードを出してみたいと言い出した。

作曲も出来るマクマーンのオリジナル曲でレコーディングをしたが,そのレコードが何かのルートでラジオでオンエアされてしまい,大好評を博す。

あまりの人気で問い合わせが殺到したため,フローレンスはオペラの殿堂・カーネギーホールでコンサートを開きたいと言い出す。

今までは気に入った小規模なクラブやホールでだけ行っていたコンサートだったため,内輪だけで温かな雰囲気で終えることが出来たのだが,カーネギーホールでとなると今までのようにはゆかない。

当然,新聞局も各社取材に来る。

シンクレアは記者をも買収し,何とか好意的な記事を書いてくれるように頼み込むが,
「こんなことは音楽に対する冒涜だ!!」
と,賄賂を受け取らない記者もいた。

あまりにも独特というか型破りな歌唱が話題沸騰となり,マダム・フローレンスのカーネギーホールのチケットは争奪戦となる。

3000席分のうち1000枚のチケットは,フローレンスが「戦地で頑張っている方々のために」と娯楽に飢えた軍人たちにばらまいたおかげで,会場には普段のお上品でおだやかな客層とは明らかに異なる,若干柄の悪い雰囲気が溢れた。

そんな中,一世一代のコンサートの幕は開き,シンクレアとマクマーンに勇気づけられてフローレンスは歌い出す。

途端に,客席のあちこちからは笑い声が起こるのだった。

気丈に歌い続けようとしていたフローレンスも,さすがに今度ばかりは声が出なくなり立ちすくんでしまう。

だが,そんな下卑た野次や笑い声を,いつかのコンサートで笑いが止まらなくなってつまみ出された派手な女性客が一喝。

「一生懸命歌っている人を笑うなんて最低よ…!!アンタらは声援を送ることも出来ないクズ共なの?!」

そう怒鳴りつけたうえで,ステージの上のフローレンスに向かって,「さあ,歌って!!」と促したばかりか会場内の声援を煽り,観客の心を一つにしてくれるのだった。

このシーンで思わず泣いてしまったのは,ここだけの話(笑)。

もう1つ,泣いてしまったシーンがあった。

愛人(この人も宙ぶらりんな自分の立場に苛立っていて可哀想だった)とのデート中の店で,フローレンスのレコードをかけて笑いモノにしている一団を尻目に怒りを爆発させそうになっているところを,
「今,行ったら…貴方とは永遠にお別れよ…!!」
と脅迫されても,妻の名誉を守るためにシンクレアが飛び出して行ったシーン。

愛人のおねいさんにはさぞやつらかろうと思ったが,シンクレアの献身が決して金ゆえのものでないことが分かって胸が熱くなった。

観客の「歌って!!」「歌って!!」という声援に元気づけられたフローレンスは,水を得た魚のように歌い始めるのだった。

上手い下手ではなく,人の心を打つ歌声というものは間違いなく存在する。

藤○辰巳しかり,"養老の星"幸ちゃんしかり…

幸ちゃんの歌は笑って笑って(決して嘲笑でなどない)聴いた後幸せな気分になるし,藤○の歌に至っては「世の中の大抵のことは何でもないことなのだ」と思える。

聴いていて精神が高揚したり,勇気をもらえる…そういうことが重要なのだ。

熱狂のうちに幕を閉じたカーネギーホールだったが,腹を立てて会場を後にした新聞記者もいた。

どんなにシンクレアが根回しをしてもダメで,翌朝の朝刊ではコンサートは酷評されてしまう。

その記事をフローレンスの目に入れまいと,シンクレアは朝刊を買い占めて捨て,使用人は嘘の記事を読み聞かせるという涙ぐましさ。

友人とホテルのランチに出掛けたフローレンスに付き添ったシンクレアとマクマーンが,サロンで近くに座った客が広げた新聞を即座に高額で買い取るシーンも泣けた。

だが,化粧直しで席を立ったフローレンスがすれ違った軍人2人組から声をかけられたことで事態は一変する。

彼らは心からの賛辞のつもりで,
「昨日のコンサートは最高だった。朝刊の記事なんか気にしないで。貴女にはコメディの才能がある」
と言ったのである。

呆然となってふらふらと外に出,新聞屋に向かったフローレンスだが,新聞屋の主人から,
「朝刊はもうないよ。朝,買い占めて捨てた紳士がいたんだ」
と知らされ,どうやらそれがシンクレアであると察知する。

ゴミカゴに捨てられている新聞を拾い上げて広げてみると…そこには昨夜のコンサートを酷評する記事が…!!

ショックを受けたフローレンスは,ホテルの前で倒れてしまう。

シンクレアは,意識を取り戻したフローレンスがとうとう自分の絶望的な歌唱力を知ってしまったことを知るが,
「君の歌は,真実の歌だ」
と告げて励ますのだった。

きっとシンクレアは,本心からそう言っていたと思う。

学芸会や発表会で,たとえド下手であっても自分の子供の歌なら天使の歌声に聞こえる…それと同じことだと思う。

シンクレアの言葉で元気を取り戻したフローレンス(そういうところが可愛いんだよな…)は,言った。

「そうね…確かに私の歌は上手くはないかもしれないけど…"歌った"という事実だけは誰にも消せないわ」

カーネギーホールのコンサートの1ヶ月後に,フローレンスは亡くなった。

いつも持ち歩いていたブリーフケースに,その都度書き換え出来るように遺書を入れていた(!!)フローレンスから遺産を分配されたがシンクレアは,質素な人生を送ったという。

マクマーンはピアニストからボディビルダーになった。

フローレンスの歌は何とCDが出ているという…!!

機会があったらぜひ,聴いてみたい。

今年4月に観た『幸せをつかむ歌』では,リッキーという中年ロックンローラーの役を演じ,実際にギターを弾きながら歌っていたメリル・ストリープだが,『マダム・フローレンス!』では音痴の老年歌手の役を見事にこなしている。

本当に凄い女優魂だ。

そして,夫婦愛というものについて考えさせられる…実に心温まる作品だった。



画像は『美香輔鳥葬本舗』の重役である,ハシビロコウさんが作った来年の年賀状(ウソ。でも,半分ホント)。
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