夜の街からアパートへ帰って来た2人。

ユンが水浴びして出てくると,リン・フンが本棚を見ていた。

その中の1冊を取り出し,「この本,僕も好き」と笑顔を浮かべる。

この笑顔がまた可愛いんだな…こんな無防備な笑顔を向けられたら誰でも彼を好きになるだろう…ってなくらい,可愛い。

ユンのまなざしもふっと優しくなる。

同じ趣味を持った人間に出会えると嬉しくなってしまうからな…解る,解るよ。

何かもお,どんどんいい雰囲気になってきて,そのうちユンの兄貴が「辛抱たまんねえぇぇ!!」と絶叫しリン・フンをどうにかしてしまうのではないかと心配になった。

だけど,そんな心配は杞憂に終わった。

並んで頁をめくるうちに,リン・フンは,本の頁の間に折り畳まれた紙を見つける。

それはユンの父が昔書いた詩であった。

「いい詩だね」

そう云うリン・フンに,ユンは「この詩を即興で歌ってくれよ」と頼むのだった。

ユンは,劇場でのリン・フンの歌声に魅了されていたのだ。

「無理だよ。何か伴奏がないと…」

リン・フンがためらっていると,ユンはケースにしまってあったダン・グエットとソン・ランを取り出した。

映画の最中は,私はソン・ランとは弦楽器なのかと思っていた。

それが,違ったのだ。

興味があって調べてみたら,ソン・ランは打楽器なのだった。

父の形見であるダン・グエット(まさにこの弦楽器を私はソン・ランだと思い込んでいた)を構えるユン。

ペダルのついたカスタネットのような打楽器(これがまさにソン・ラン)で拍子を取りながら奏で始める。

リン・フンがその調べにのせて歌う,このシーンが凄くよかったのだが,かなり夜遅かったし窓も開けてたようだったんで,近所迷惑になりやしないかと他人事ながら心配してしまった(笑)。

この映画は無駄な,説明的な台詞が一切なく,たっぷりと間合いを取った主演2人の視線や表情,息遣い…などの演技でとことん魅せるものだったので,この夜少しずつ2人の気持が近づいてゆく様が本当に丁寧に描かれていたと思う。

ドキドキとも違う…胸の奥がじんわりと,何か温かなもので潤ってくるような感覚を覚えて,このシーンでは泣きたくなった。

歌い終え,ユンの腕前を手放しで褒め称えるリン・フン。

「凄いや…!!座長が君の演奏を聴いたら,スカウトするよ」

謙遜するユンだったが,自分もカイルオンの楽団の奏者になりたくて一生懸命練習していた時期があったので,嬉しさを隠せない。

「明日の公演が終わった後,座長に君の演奏を聴いてもらうから…劇場に来てくれないか?」

リン・フンはすっかり興奮しており,目が輝いていた。

ユンは返事こそしなかったが,かなり心が動いていることは確かだった。

いつの間にか寝ついた2人…

リン・フンをベッドに寝かせ,自分は床に寝るユン。

おそらく,ユンは本当に大事に思っている相手でなくてはベッドを使わせないのだろう。

セフレのおねいちゃんとは床の上でしかヤらない…というのを妙に思い出してしまった。

先に目覚めたユンが,リン・フンの寝顔をそっと覗き込むシーンがあったが,このときの目も優しくて,他人事ながら泣けてくる思いだった。

愛おしい,シーン。

朝になり,起き出して窓から外を眺めるリン・フンに,飲み物を差し出すユン。

この朝のシーンがポスター・ビジュアルになっている。

細長い水風船みたいなものにストローが刺さっている飲み物は,多分ベトナムではポピュラーなドリンクなのだろう。

窓辺に並んでたたずみ,一緒にちうちう飲んでるところは可愛かった(笑)。

「今夜,来てね…絶対だよ?」

そう言って,部屋を出て行くリン・フンだった。

だが,これが今生の別れとなることを,2人はそのときは知る由もなかったのだった。

(続く)
[Web全体に公開]
| この記事のURL

1件中 1~1件目を表示


1